ハダノ元教頭が GIGAスクール と DX人材育成 について考えるブログ

相棒と呼べる電子楽器を求めて
イノベーション音楽科学STEAM教育

相棒と呼べる電子楽器を求めて

🕓 11/1/2022 ↻ 11/18/2022

物理モデリング音源Respiroを編集して、ユニークな音を作ってみた

 音楽でDX(デジタル変革)というと、ネット配信だけでなく電子楽器の活用が思い浮かぶでしょう。「電子楽器は簡単で便利だけど、味気ない」と思っていませんか。

 この記事では、楽器を習ったことのないハダノが、「相棒」と呼べるほど一体感を得られる電子楽器を求めて取り組んだことを紹介します。

 物理モデリング音源Respiro(レスピロ)で、Hark(ハーク)というユニークな音を作ってみました。自分の理想の音さえイメージできれば、Respiroのプリセット音色に編集を加えて、新しい「楽器」をPC上に作ることができるのです。HarkをiPadに転送し、外に持ち出して演奏することもできます。

お急ぎの方はこちらへ


電子楽器の内蔵音源はリアルに進化したけれど……(FM音源 → サンプリング音源)

 ハダノが20代のころ、毎日帰りの会で歌声活動をしていました。ラジカセと並んで重宝していたのが、ショルダーキーボードです。乾電池で動き、いろんな音色が選べ、リズムやコードを自動で演奏する機能までありました。ただ、FM音源という基本の波形を変調して合成する方式だったため、いかにもシンセっぽい音色でした。合唱練習用の伴奏楽器としては十分でしたが、ソロ楽器としては力不足でした。


 21世紀になり、大容量で安価な半導体メモリの普及と同時に、サンプリング音源が一般的になってきました。生の楽器音を録音して記憶・再生する方式のため、一音一音がとてもリアルです。コロナ禍の巣ごもり需要で、この方式の電子楽器がかなり売れたようです。ハダノ家にも電子キーボード(妻用)とウインドシンセがあります。


 サンプリング音源の電子楽器の音色は、確かに本物そっくりです。何十種類も選べるし、調律不要で正確な音程が出せるので、最初は満足です。しかし、しだいに違和感を覚えるようになります。

 ボーリングに例えると、FM音源は、ガーターなしレーンでの幼児の投球です。現実にはありえないジグザクな軌道でもピンは倒れます。

 一方、サンプリング音源は、レーンごとに有名プロ選手のベストの軌道が刻まれています。だれが何度投げてもきれいな軌道のストライクになります。こんなボーリングをやっていると、味気なく感じるはずです。


電子楽器は外部音源(ソフトシンセ)で鳴らせ

 内蔵音源は、基本的に編集できません。電子楽器に加えられた操作が同じであれば、全く同じ音になります。

 電子楽器の場合、この操作の情報を記録・送信することができます。MIDI(ミディ)という万国共通言語でやりとりすれば、外部音源で鳴らすことができるのです。

 ソフトシンセ(PCのソフトウェアで作られたシンセサイザー)を外部音源として使えば、簡単に音色を入れ替えることができます。演奏を記録したMIDIファイル1つから、さまざまな楽器版の音楽ファイルを作ることができるのです。デジタルのメリットを最大限生かそうと思えば、電子楽器は内蔵音源よりソフトシンセで鳴らす方がよいといえます。

 音楽DXも、ソフトウェア・ファーストで進めたいものです。


ソフトシンセ第3の方式、物理モデリング音源

 ソフトシンセには、FM音源、サンプリング音源の他に第3の方式があります。物理モデリング音源です。

 これは、PC上で仮想の楽器を組み立て、これを操作して音を作り出すというものです。ボーリングの例えでいえば、選手の癖を学習させた補助具を付けて投球するようなものです。どんな学習をさせるか、癖をどう生かすかで毎回違う軌道になります。現実に存在しない選手をモデルにすることも可能です。

 ソフトシンセには、音源をいじれる自由があります。「(静的な)音色」と「反応」について、各方式を比較してみると……

  1. FM音源は、音色自由度:大、反応自由度:大。現実の楽器に近い音色にするのは困難。現実離れした音色になりやすい。反応がよく、演奏の手ごたえあり。
  2. サンプリング音源は、音色自由度:小、反応自由度:小。一音一音はリアルだが、演奏者のアクションに伴う音色の変化に乏しく、平板になりがち。
  3. 物理モデリング音源は、音色自由度:小~中、反応自由度:大。ピアノのモデルでハープは作れるがオルガンは無理。工夫しだいで豊かな表情が出てくる可能性あり。

量産化の裏で失われたもの

 今の世の中には、さまざまな音楽があふれています。生で聴くしかなかった時代から、録音・再生できる時代、修練なしにデジタル技術で音楽制作できる時代へと移り変わってきました。特権階級の占有物だった音楽が一般大衆のものへと解放されたのです。量産化のたまものといえます。

 どんなに録音・再生技術が進んでも、やはり生の音楽にはかなわないと感じる瞬間があります。何か大事なものが失われるのです。ハダノはこの秋、2つのコンサートに行きました。

バッハ・コレギウム・ジャパン

 大学生のころからバロック音楽(バッハの時代の音楽)を当時の楽器で演奏する団体に熱中していたのに、生の古楽器オーケストラは初体験でした。曲目は、バッハのブランデンブルク協奏曲です。

 第1番は、ホルン2・オーボエ3と編成の大きい曲です。ずっと騒ぎ立てるのではなくて、少数の楽器だけが演奏され、他は沈黙してじっくり聴かせる部分が多いと感じました。ファゴットがトリオで存在感を出していました。

 第2番は、トランペットとリコーダーというモダン楽器では考えられない組み合わせですが、古楽器ではバランスよく響いていました。バルブなしのトランペットで音程を保つのは至難の技ですが、胸にぐっとくるものがありました。キーの少ないバロックオーボエの音色は、哀愁よりも力強さを感じさせるものでした。

ナチュラルトランペット

 第3番は、管楽器がありません。モノトーンで物足りないかなと思う間もなく、低音弦が響きに厚みを加え、ヨハネ受難曲冒頭のような劇的表現を作り上げていました。

 第4番は、リコーダーの太田光子さんが日ごろ忘れがちな感情を深いところから掘り起こすような表現をしていました。特に第2楽章ラストで大きく楽器を回していました。歌口からの空気の束が一定のリコーダーでどんな効果があるのか不思議でした。

 第5番は、鈴木優人さんのチェンバロを堪能できました。S席なのに第5番以外のチェンバロははっきり聞こえません。だからといってピアノで演奏するのは違う気がします。フラウト・トラヴェルソはモダンフルートと違って木製でほとんどキーがありません。クロスフィンガリングの複雑な運指をありえない速度でこなしていました。音は小さくくすんでいますが、他の楽器の音とよく溶け合う音色で全体の響きをまとめていました。

フラウト・トラヴェルソ

 第6番は、ヴァイオリンがありません。バロックヴァイオリンの名手である寺神戸亮さんはヴィオラを弾いていました。フル出場です。半拍ずれたカノンによって奏でられる旋律がはっきり聴き取れました。ビィオラ・ダ・ガンバの渋みのある音色もチェロと一味違う魅力があると感じました。

 全体を通して、古楽器とモダン楽器の違いについての気づきがありました。大衆化・量産化のために、音量の増大・音域の拡大・音程の安定・音質の均一化など多くの点で進化してきたことがわかりました。一方で失われたものもあり、作曲家の意図したバランス・ニュアンスを変えてしまうこともあります。


南里沙(クロマチックハーモニカ)

 YouTubeで時々見ている南里沙さんに会えるというので、アークヒルズカフェのディナーコンサートに行きました。

南里沙

 10曲すべて、生ならではの迫力でした。クロマチックハーモニカは、同じ自由リード楽器のアコーディオンと音色が似ています。しかし、ピアソラの「リベルタンゴ」では切れ味の鋭さを感じました。モーツァルトの「夜の女王のアリア」は、うなるような音で復讐心を表現していました。この楽器の奥深い可能性を南さんが引き出していると感じました。ドイツHOHNER社独特の深みのある音色も耳に残りました。

 「ああ、こんな音色が作れたらなあ」と思った瞬間でした。


古い音にはいろいろな人間の感情を表現する力がある

 NHK美の壺「楽器の王様 パイプオルガン」で、パイプオルガン製作家の横田宗隆さんの話が印象的でした。

 『当時の技術にこだわり、量産技術の発達で途絶えた工法を解明。パイプの合金に不純物を加え、表面に微妙な凹凸を残す。「古い音はやはり違う。いろいろな人間の感情あるいは人間以外のいろいろなものを表現する力がある。持続音に残る雑音をある程度残すと非常に心地よい。ガンバストップは、弦楽器のガリッという感じが出せて、作るのが楽しかった」ふいごも人の力が起こす風のニュアンスにこだわる。演奏に合わせて踏む力を調節し、生きた風を送る』

 量産化以前の「不純物・凹凸・雑音・人の力」がポイントではないかと考えているうち、日本の古典芸能でも似た話があったことを思い出しました。無表情に見える「能面」もほんの少しの角度の違いで、喜びや幸福感、いじらしさや悲しみに暮れる様子、恥じらいや絶望など様々な表情を感じさせるというのです。能面の「曖昧な表情」や「非対称な作り」に秘密があるようです。

 こうした「不規則性」は、技術的未熟から生まれ、やがて有用なものも見つかりました。量産化になじまないものは、衰退していきました。しかし、日常とは違う感情を音楽で表そうとするとき、演奏者の心の動きがアクションの微妙な違いを生み、楽器の「不規則性」が様々な音の表情を作り出すのではないでしょうか。


※ 「地域の伝統」に関わる総合学習をしている学校は、伝承だけで終わらず、「近代化で失われたもの」を軸に探究学習を組めば、立派な🔗STEAM教育(教科横断的な探究・創造型教育)になるはずです。創造性の仕組みを生物の進化から学ぶ🔗「進化思考」が頼もしい味方となってくれます。


ソフトシンセで理想の音を出そう

 バッハの「トッカータとフーガニ短調」とラフマニノフの「ヴォカリーズ」の冒頭部分のMIDIファイルを作り、ソフトシンセの各種音源で鳴らしてみました。物理モデリング音源は、管楽器に強いImoxplus社Respiroを使っています。

※ 再生するときは、音量にご注意を!


1. FM音源:IFWのFM Synth

【FM音源】トッカータとヴォカリーズ

昔のアナログシンセサイザーっぽい音ですね。


2. サンプリング音源:ガリタン社アリアのクラリネット

【サンプリング音源】トッカータとヴォカリーズ

音色はクラリネットですが、音の立ち上がり・減衰がワンパターンな感じですね。


3.物理モデリング音源:RespiroのTeaLeafs04(フルート風)

【物理モデリング音源(フルート風)】トッカータとヴォカリーズ

フルート風のプリセット音そのままですが、演奏が生き生きとしてきた感じですね。


4. 物理モデリング音源:RespiroのCornish Barber(イングリッシュホルン風)

【物理モデリング音源(イングリッシュホルン風)】トッカータとヴォカリーズ

不規則性からくる微妙な不安定感を求めて選択したプリセット音です。低音に寄っていてドスがきいている感じですね。


5. 物理モデリング音源:RespiroのCornish Barber改(ユニーク音色Hark)

【物理モデリング音源(ユニーク音色Hark)】トッカータとヴォカリーズ

Cornish Barberを2オクターブ上げ、いろいろ改造して不規則性を強化した結果、Hark(ハーク)が誕生しました。ハーモニカ@アークヒルズをイメージさせる音で、音色・反応とも理想的、世界に一つだけの手作りの味ですね。

Respiroを編集してHarkを

Harkメイキングストーリー

  • 🔗Imoxplus社のサイトでRespiroを購入。デモ演奏多数あり。
  • 🔗iPad対応アプリ Respiro wind-synth は、無料。プリセット音色は7種類。
  • Respiroの使い方を知る。英語版のRespiro_Manual_2021_Updates_v2.pdf を 🔗DocTranslator で日本語に訳して読む。
  • 約300種類のプリセット音色をいろいろ試してみる。
  • 不規則性からくる微妙な不安定感を求めて、Cornish Barber を選択。
  • プリセット音のままだと低音寄りで使いにくいので、2オクターブ上げる。
Respiro2オクターブ上げ
  • 現実の楽器は、音域によって音色が変わる。中音域だけ深みのある音になるよう、NoteNumber-Electrifyグラフを設定。
Respiro音域グラフ
  • 現実の楽器は、音量が大きくなると音割れしたりヒステリックになったりする。Pressure-More overdriveグラフとPressure-Make me angryグラフを右肩上がりに設定。
  • 重音奏法に似た効果をモデュレーションホイールで出すために、CC1-Doublerグラフを右肩上がりに設定。
Respiro編集
  • 試行錯誤しながら細かい調整をして、Cornish Barber の派生音色としてHarkを保存。
  • PCからiPadへ転送するために、Prog番号をつけて EXPORT library すると、export.respiroUserLib というファイルができる。
  • このファイルを iTunes でiPadに移し、Respiro wind-synthアプリで Import library すると、最初から入っている7音色にPCから転送された音色が追加される。
  • ⚙アイコンでControl Mode を設定。電子キーボードはAT2、ウィンドシンセはBCにする。
iPadアプリRespiro wind-synth

  • iPadで演奏するときは、🔗USBハブ があると便利。電子楽器・🔗USBスピーカー・充電ケーブルをつないで同時に使うことができる。
iPadでRespiroを使うときの接続
  • ガレージバンドの拡張音源としてRespiroを指定すると、録音・再生もできる。AT2に設定すれば、電子楽器をつながなくてもスクリーンキーボードで試し弾きできる。

相棒と呼べる電子楽器を求めて【まとめ】

  • 楽器は、大衆化・量産化のために、音量の増大・音域の拡大・音程の安定・音質の均一化など多くの点で進化してきた。
  • 量産化で失われたのは「不規則性」。「不規則性」は様々な音の表情を作り出し、感情を表現するのに役立つ。
  • 素材・加工・演奏・鑑賞の各段階での「不規則性」をどう制御するかで音楽のニュアンスが変わる。
  • 電子楽器は、デジタル技術による量産化で広く普及してきたが、内蔵音源は「不規則性」がないため味気ない音になりがち。
  • ソフトシンセを外部音源として使えば、簡単に音色を入れ替えることができる。
  • ソフトシンセには、FM音源、サンプリング音源、物理モデリング音源がある。
  • 物理モデリング音源は、PC上で仮想の楽器を組み立て、これを操作して音を作り出す。素材・加工・演奏の各段階で「不規則性」を設定でき、工夫しだいで豊かな表現が可能。デジタルなのに手作りの良さを持っている。
  • Respiroは、管楽器系の物理モデリング音源で、PCで編集した音色をiPad用の無料アプリに転送して使うこともできる。
  • ハーモニカ@アークヒルズをイメージして、Respiroのプリセット音を改造し、Harkというユニークな音を作った。
  • Harkは、音色・反応とも理想的で、いい相棒になりそう。英語の Hark には、「耳を傾ける」「過去にさかのぼる」という意味もある。


※ 楽器の分類・楽器の個性を決める倍音・共鳴を作り出す構造としくみ・コンサートホールの音響などについて科学の視点から迫っています。
偶数倍音多めのサックスは複雑で豊かな音色、奇数倍音多めのクラリネットはシンプルで明瞭な音色……と具体的な説明があります。
ハダノが感心したのは、「プロは長い年月をかけて楽器と対話し、クセも含めて互いに可能性を引き出す相棒になってゆく」という話です。


※ USB端子が足りないときは、USBハブを使いましょう。ハダノは、数種類持っています。
スマホやiPadにつなぐときは、充電ポートのあるものが便利です。
この製品は、HDMI搭載で映像出力もできます。


※ このUSBスピーカーは、PCやiPadの音を最も手軽に拡大できます。
ハダノはBluetoothスピーカーも2種類持っていますが、電子楽器用としては不合格です。遅延が大きかったり音の頭が欠けたりするからです。

教育DXブログの著者: ハダノ
ハダノ顔 Q大理学部生物学科数理生物学研究室にて分子進化学権威の宮田隆氏のもとFORTRANでDNA解析に没頭。F社のSEに内定していたが、科学のおもしろさを教えるため中学校理科教員を選択。
 新任のころから、「答えのない問題を追求させたい」「団結力と文化的な力を集団づくりで」「教育研究をもっと科学的に」「教育の情報化が必要」「チョーク&トークの注入式授業からアクティブラーニングへ」「教科横断的なSTEAM教育で生涯学習・SDGsへ」という思いを持ちつつ、4市10校にて勤務。
 9年間の教頭時代、さまざまな不条理・矛盾に悩み、ICTによる働き方改革を推進。2021年3月定年退職。「特定の学校だけでなく、広く人材育成を」「日本陥没をDXで食い止めたい」「元教員の自分にできることを」と、教育DX研究の道へ。
 おおいたAIテクノロジーセンター会員。デジタル人材育成学会・日本STEM教育学会・日本情報教育学会・データサイエンティスト協会・日本RPA協会の会員。JDLA G検定 2022 #1 合格者。
プライバシーポリシー  |  Copyright © 2022 HADANO