ハダノ元教頭が GIGAスクール と DX人材育成 について考えるブログ
音楽でDX(デジタル変革)というと、ネット配信だけでなく電子楽器の活用が思い浮かぶでしょう。「電子楽器は簡単で便利だけど、味気ない」と思っていませんか。
この記事では、楽器を習ったことのないハダノが、「相棒」と呼べるほど一体感を得られる電子楽器を求めて取り組んだことを紹介します。
物理モデリング音源Respiro(レスピロ)で、Hark(ハーク)というユニークな音を作ってみました。自分の理想の音さえイメージできれば、Respiroのプリセット音色に編集を加えて、新しい「楽器」をPC上に作ることができるのです。HarkをiPadに転送し、外に持ち出して演奏することもできます。
ハダノが20代のころ、毎日帰りの会で歌声活動をしていました。ラジカセと並んで重宝していたのが、ショルダーキーボードです。乾電池で動き、いろんな音色が選べ、リズムやコードを自動で演奏する機能までありました。ただ、FM音源という基本の波形を変調して合成する方式だったため、いかにもシンセっぽい音色でした。合唱練習用の伴奏楽器としては十分でしたが、ソロ楽器としては力不足でした。
21世紀になり、大容量で安価な半導体メモリの普及と同時に、サンプリング音源が一般的になってきました。生の楽器音を録音して記憶・再生する方式のため、一音一音がとてもリアルです。コロナ禍の巣ごもり需要で、この方式の電子楽器がかなり売れたようです。ハダノ家にも電子キーボード(妻用)とウインドシンセがあります。
サンプリング音源の電子楽器の音色は、確かに本物そっくりです。何十種類も選べるし、調律不要で正確な音程が出せるので、最初は満足です。しかし、しだいに違和感を覚えるようになります。
ボーリングに例えると、FM音源は、ガーターなしレーンでの幼児の投球です。現実にはありえないジグザクな軌道でもピンは倒れます。
一方、サンプリング音源は、レーンごとに有名プロ選手のベストの軌道が刻まれています。だれが何度投げてもきれいな軌道のストライクになります。こんなボーリングをやっていると、味気なく感じるはずです。
内蔵音源は、基本的に編集できません。電子楽器に加えられた操作が同じであれば、全く同じ音になります。
電子楽器の場合、この操作の情報を記録・送信することができます。MIDI(ミディ)という万国共通言語でやりとりすれば、外部音源で鳴らすことができるのです。
ソフトシンセ(PCのソフトウェアで作られたシンセサイザー)を外部音源として使えば、簡単に音色を入れ替えることができます。演奏を記録したMIDIファイル1つから、さまざまな楽器版の音楽ファイルを作ることができるのです。デジタルのメリットを最大限生かそうと思えば、電子楽器は内蔵音源よりソフトシンセで鳴らす方がよいといえます。
音楽DXも、ソフトウェア・ファーストで進めたいものです。
ソフトシンセには、FM音源、サンプリング音源の他に第3の方式があります。物理モデリング音源です。
これは、PC上で仮想の楽器を組み立て、これを操作して音を作り出すというものです。ボーリングの例えでいえば、選手の癖を学習させた補助具を付けて投球するようなものです。どんな学習をさせるか、癖をどう生かすかで毎回違う軌道になります。現実に存在しない選手をモデルにすることも可能です。
ソフトシンセには、音源をいじれる自由があります。「(静的な)音色」と「反応」について、各方式を比較してみると……
今の世の中には、さまざまな音楽があふれています。生で聴くしかなかった時代から、録音・再生できる時代、修練なしにデジタル技術で音楽制作できる時代へと移り変わってきました。特権階級の占有物だった音楽が一般大衆のものへと解放されたのです。量産化のたまものといえます。
どんなに録音・再生技術が進んでも、やはり生の音楽にはかなわないと感じる瞬間があります。何か大事なものが失われるのです。ハダノはこの秋、2つのコンサートに行きました。
大学生のころからバロック音楽(バッハの時代の音楽)を当時の楽器で演奏する団体に熱中していたのに、生の古楽器オーケストラは初体験でした。曲目は、バッハのブランデンブルク協奏曲です。
第1番は、ホルン2・オーボエ3と編成の大きい曲です。ずっと騒ぎ立てるのではなくて、少数の楽器だけが演奏され、他は沈黙してじっくり聴かせる部分が多いと感じました。ファゴットがトリオで存在感を出していました。
第2番は、トランペットとリコーダーというモダン楽器では考えられない組み合わせですが、古楽器ではバランスよく響いていました。バルブなしのトランペットで音程を保つのは至難の技ですが、胸にぐっとくるものがありました。キーの少ないバロックオーボエの音色は、哀愁よりも力強さを感じさせるものでした。
第3番は、管楽器がありません。モノトーンで物足りないかなと思う間もなく、低音弦が響きに厚みを加え、ヨハネ受難曲冒頭のような劇的表現を作り上げていました。
第4番は、リコーダーの太田光子さんが日ごろ忘れがちな感情を深いところから掘り起こすような表現をしていました。特に第2楽章ラストで大きく楽器を回していました。歌口からの空気の束が一定のリコーダーでどんな効果があるのか不思議でした。
第5番は、鈴木優人さんのチェンバロを堪能できました。S席なのに第5番以外のチェンバロははっきり聞こえません。だからといってピアノで演奏するのは違う気がします。フラウト・トラヴェルソはモダンフルートと違って木製でほとんどキーがありません。クロスフィンガリングの複雑な運指をありえない速度でこなしていました。音は小さくくすんでいますが、他の楽器の音とよく溶け合う音色で全体の響きをまとめていました。
第6番は、ヴァイオリンがありません。バロックヴァイオリンの名手である寺神戸亮さんはヴィオラを弾いていました。フル出場です。半拍ずれたカノンによって奏でられる旋律がはっきり聴き取れました。ビィオラ・ダ・ガンバの渋みのある音色もチェロと一味違う魅力があると感じました。
全体を通して、古楽器とモダン楽器の違いについての気づきがありました。大衆化・量産化のために、音量の増大・音域の拡大・音程の安定・音質の均一化など多くの点で進化してきたことがわかりました。一方で失われたものもあり、作曲家の意図したバランス・ニュアンスを変えてしまうこともあります。
YouTubeで時々見ている南里沙さんに会えるというので、アークヒルズカフェのディナーコンサートに行きました。
10曲すべて、生ならではの迫力でした。クロマチックハーモニカは、同じ自由リード楽器のアコーディオンと音色が似ています。しかし、ピアソラの「リベルタンゴ」では切れ味の鋭さを感じました。モーツァルトの「夜の女王のアリア」は、うなるような音で復讐心を表現していました。この楽器の奥深い可能性を南さんが引き出していると感じました。ドイツHOHNER社独特の深みのある音色も耳に残りました。
「ああ、こんな音色が作れたらなあ」と思った瞬間でした。
NHK美の壺「楽器の王様 パイプオルガン」で、パイプオルガン製作家の横田宗隆さんの話が印象的でした。
『当時の技術にこだわり、量産技術の発達で途絶えた工法を解明。パイプの合金に不純物を加え、表面に微妙な凹凸を残す。「古い音はやはり違う。いろいろな人間の感情あるいは人間以外のいろいろなものを表現する力がある。持続音に残る雑音をある程度残すと非常に心地よい。ガンバストップは、弦楽器のガリッという感じが出せて、作るのが楽しかった」ふいごも人の力が起こす風のニュアンスにこだわる。演奏に合わせて踏む力を調節し、生きた風を送る』
量産化以前の「不純物・凹凸・雑音・人の力」がポイントではないかと考えているうち、日本の古典芸能でも似た話があったことを思い出しました。無表情に見える「能面」もほんの少しの角度の違いで、喜びや幸福感、いじらしさや悲しみに暮れる様子、恥じらいや絶望など様々な表情を感じさせるというのです。能面の「曖昧な表情」や「非対称な作り」に秘密があるようです。
こうした「不規則性」は、技術的未熟から生まれ、やがて有用なものも見つかりました。量産化になじまないものは、衰退していきました。しかし、日常とは違う感情を音楽で表そうとするとき、演奏者の心の動きがアクションの微妙な違いを生み、楽器の「不規則性」が様々な音の表情を作り出すのではないでしょうか。
※ 「地域の伝統」に関わる総合学習をしている学校は、伝承だけで終わらず、「近代化で失われたもの」を軸に探究学習を組めば、立派な🔗STEAM教育(教科横断的な探究・創造型教育)になるはずです。創造性の仕組みを生物の進化から学ぶ🔗「進化思考」が頼もしい味方となってくれます。
バッハの「トッカータとフーガニ短調」とラフマニノフの「ヴォカリーズ」の冒頭部分のMIDIファイルを作り、ソフトシンセの各種音源で鳴らしてみました。物理モデリング音源は、管楽器に強いImoxplus社Respiroを使っています。
※ 再生するときは、音量にご注意を!
1. FM音源:IFWのFM Synth
【FM音源】トッカータとヴォカリーズ
昔のアナログシンセサイザーっぽい音ですね。
2. サンプリング音源:ガリタン社アリアのクラリネット
【サンプリング音源】トッカータとヴォカリーズ
音色はクラリネットですが、音の立ち上がり・減衰がワンパターンな感じですね。
3.物理モデリング音源:RespiroのTeaLeafs04(フルート風)
【物理モデリング音源(フルート風)】トッカータとヴォカリーズ
フルート風のプリセット音そのままですが、演奏が生き生きとしてきた感じですね。
4. 物理モデリング音源:RespiroのCornish Barber(イングリッシュホルン風)
【物理モデリング音源(イングリッシュホルン風)】トッカータとヴォカリーズ
不規則性からくる微妙な不安定感を求めて選択したプリセット音です。低音に寄っていてドスがきいている感じですね。
5. 物理モデリング音源:RespiroのCornish Barber改(ユニーク音色Hark)
【物理モデリング音源(ユニーク音色Hark)】トッカータとヴォカリーズ
Cornish Barberを2オクターブ上げ、いろいろ改造して不規則性を強化した結果、Hark(ハーク)が誕生しました。ハーモニカ@アークヒルズをイメージさせる音で、音色・反応とも理想的、世界に一つだけの手作りの味ですね。